早朝2時、一般的には深夜ですね(笑)長男がTVでサッカー観戦。日本代表強化試合の国家で目覚め

一緒に観戦してきた、愛のペンキ屋 グランデ 八木でございます。

今日は『ローラー』について一緒に学んでいければと思います。

今では外壁塗装に欠かせない『ローラー』ですが、誕生したのは1940年頃と言われています。

まさに大東亜戦争突入時期ですね。戦争は絶対よくない事ですが、一気に色んな技術が躍進する事も多いですよね。

その中で沢山の住宅が倒壊して、建設ラッシュが始まります。それまでは外壁も刷毛で塗っていたそうです。

私が塗装屋になったのが30数年前!その頃は大きい箇所はローラーか吹付でした。ペンキ屋の命は当時は刷毛でした。

当時で木枠など塗る大きさの刷毛が高いと一本8000円ほどしました。ラーメン一杯400円から600円ほど

今だと倍ですね🤣 高価な物なので保存方法も職人の拘りが大変強かったです。ペンキ屋が『ペンキ』というと

溶剤(油性)塗料の事なんです。ペンキ刷毛は動物の毛を使用しています。ペンキは鹿毛、外壁は豚毛と用途によって変わります。

ローラーは最初布などを巻き付けたものをローラーにして縫っていたそうです。発案者はアメリカ人ともカナダ人とも言われています。

そこから羊の毛などが原料のローラー『ウールローラー』が誕生しました。

職人は新しいものを嫌うことが多いです。刷毛塗りは職人の技量の差が顕著に出ます。

ローラーは割と早めに塗るようになることができます。私が見習いの頃は職人が刷毛

見習いはローラーで塗ることが多かったです。っという具合に出始めの頃はローラーは”邪道”と思われていたでしょう。

1950年代から戦後の復興で建設ラッシュが始まりました。突貫工事の中で刷毛塗りでは間に合わず、外壁はローラーが

多くなったと言われています。時代背景にリンクするって深いですよね。

今では細部もローラーで塗ることが多いです。例えば”雨樋”も私が職人時代は刷毛で塗っていました。

当時私もペンキ塗り(溶剤)でローラーは邪道だと思っていました💦

独立して自分で道具をチョイスするにあたり、恐らく2004年頃だったと思います。

『マイクロファイバー』のローラーが出てきました。大塚フェアと言って新商品を発表するイベントで出会いました。

大塚さんの社員がマイクロファイバーのローラー『ツイスト』でのデモンストレーション。

素手で結構なスピードで大突の深い素材をこんな大突も仕上がるローラーですと売っていました。

私がびっくりしたのはそこではなく、手に全く塗料が飛散していない事でした。早速購入しました。

今では雨樋もローラーで塗るのがグランデではスタンダードです。

まだまだ紹介したいローラー話があるので

😊つづく😊

建設業をカッコよく!

グランデ八木でした。